こんにちは。。。聖巴です。
今週の広島は寒いですね。。。って広島だけではないか。。全国的に寒波が来てて毎日寒いの一言。。
しっかし、なんとなく今年は冬な気がしない日々でしたが、ここへ来てこれぞ冬って感じですね。。。
寒いのは苦手なボクですが、冬があるのも日本の良いところ楽しまないとです^。^
今朝はカメラを持って近所を少し散歩。。
気温は低いかったですが、空気が澄んでて綺麗な青空から降りてくる光がまた良い色でした。
そんな中、人と同じように寒がる方を発見。。
あちらこちらで冬を発見し、感じれる時間になりました。
広島にはインフルエンザ警報が出てるみたいです。。
みなさん、風邪には気をつけて、この冬を乗り越えて下さいね!!!
2012年1月26日
聖巴

『蛇口もハナミズ』
photograph by Seiha Yamaguchi / iDS Photo
今週の広島は寒いですね。。。って広島だけではないか。。全国的に寒波が来てて毎日寒いの一言。。
しっかし、なんとなく今年は冬な気がしない日々でしたが、ここへ来てこれぞ冬って感じですね。。。
寒いのは苦手なボクですが、冬があるのも日本の良いところ楽しまないとです^。^
今朝はカメラを持って近所を少し散歩。。
気温は低いかったですが、空気が澄んでて綺麗な青空から降りてくる光がまた良い色でした。
そんな中、人と同じように寒がる方を発見。。
あちらこちらで冬を発見し、感じれる時間になりました。
広島にはインフルエンザ警報が出てるみたいです。。
みなさん、風邪には気をつけて、この冬を乗り越えて下さいね!!!
2012年1月26日
聖巴

『蛇口もハナミズ』
photograph by Seiha Yamaguchi / iDS Photo
2011年8月24日、午後。
指宿市から北へ1時間半くらい車で走り僕たちは知覧へいました。
知覧では昔から静かなたたずまいを見せる「知覧武家屋敷群」を見た後、
「知覧特攻平和会館」へ向かいます。
この知覧特攻平和会館は、大東亜戦争末期(戦後は太平洋戦争ともいう)の沖縄戦で、人類史上類のない爆装した
飛行機もろとも敵船に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集、保存、展示して
当時の真情を後世に正しく世界恒久の平和に寄与するものです。
そこは、広島の原爆とはまた違う戦争の傷跡が残っていて、沖縄戦で戦死された1036人の命の犠牲の上で
戦争のむなしさ、平和の大切さ、命の尊さを訴えていました。
人は生まれた瞬間から死に向かって人生を歩いている。。
確かにそうだと思う、人はやがてやって来た側へ戻る日が来る。
だけど、ここを初めて訪れた僕には命に対する冒涜を強く感じてしょうがなかった。
中でもひどく感傷されたのは、1945年6月に特攻した隊員もいたこと。
終戦する2ヶ月前です。
もっと早くに日本が克服していれば、、
失われずに済んだ命もあったはずだと思うと平和な世に生まれ育つ僕でも胸が痛みました。
若い人だと17歳で死を覚悟で戦地へ飛ぶ隊員。
隊員達が特攻前日に過ごす三角兵舎なども隣設されていて、そこで書く遺書にはこんなものがありました。
その中のひとつをこの場で伝えさせてもらいたいと思います。
大橋春男(少尉 昭和20年4月1日出撃戦死 岐阜県 26歳)
母上様
お達者でお暮らしの御事と存じ上げます。
二十八年間は夢のようでした。この二十八年間の母上様の御苦心、御辛抱、肝に銘じて居
ります。されば今日の日を勇んで征きます。
綾子の事に付いては、父上様と共に大変お世話になり、今日まで無事人並に立って来まし
た。これも皆父上様、母上様の御力の賜と深く厚く御礼申し上げます。
綾子の事に関しては母上様今後とも一層御面倒を見てやって下さい。あれも正式なる式も
挙げ得ず、常に二人で一度でよいから帰郷したいと申して居りましたが、
それは出来ませんでした。
それ故隣り近所の方々とは未だ親しくいたして居らず、突然一人ボッチでは随分苦労する
と思います。
女は女と、綾子の事は、母上様くれぐれもお頼み申し上げ、最後に母上様の御健康をお祈
りいたして失礼いたします。
母上様 治男
たくさんの遺書があり全部は読み切れませんでしたが、
僕の心にたくさんの大切なことを刻んでくれた場所でした。
自分が死ぬとわかっている時、恐さ、後悔、もっと生きたいという願望。
色んな感情が沸き起こると想像できますが、多くの人が書き残した言葉や想いは、
相手への愛だったように思えます。
死を前にしてここまで相手のことを愛する手紙をかけた隊員の方々、数十年前の日本男児に敬意を払うと共に、
僕は尊敬します。
現代の日本が終戦と共に亡くしてしまったものがここにあるのでないか。。。
そう感じています。
広島生まれの人間として行っておきたかった場所、知覧。
行くことでそこを体験することにより自分に出来ることは多くはないけど、今回の人生でもらった命。
自分にやれることをやり、一生懸命生きようと心に思った時間でした。
写真では、僕が撮ったものと一緒にウェブにあった写真も引用してアップしたいと思います。

『特攻の母、鳥濱トメさんの像「やすらかに」の見る先』
特攻像「とこしえに」
Photo by Seiha Yamaguchi

『知覧特攻平和会館内』webより引用

『若き日の特攻隊員』webより引用
その後は、車を走らせ鹿児島市内をブラブラとして桜島などを眺めて、晩ご飯後、熊本に車を走らせます。
そう、天気が悪くて日程を変更した阿蘇山、大観峰へ翌日に再挑戦です。
熊本で宿泊し翌朝、起きるとなんと天気は晴れ。
太陽も味方してくれたので意気揚々とまずは大観峰へ。
車を走らすとそこには、素晴らしい景観が待っていました。
まさに、大地、地球を感じれる場所。。
自分の小さな悩みなんて吹っ飛ばすくらいの大自然。
そこで飛行機ラジコンで遊ぶファンキーな人。
オススメな場所です。
昼もいいですが、夜の星空もかなり良いはず。
黒川温泉も近いのでいつかまた星空も撮影したいものです。
大観峰の写真はこちら↓

『キョウゾン』

『トベル』

『ソラへ続く道』

『ゼイタクな場所と時間』
大観峰の後は阿蘇山へ。
なかなか、雲がどいてくれなかった阿蘇山。
最後は味方してくれていい天気阿蘇山を見せてくれました。
火山は赤くはありませんでしたが、グツグツとしていて地球の呼吸のように見えて、素晴らしい場所でした。
噴火したらと思うと恐いものがありますが。。

『阿蘇のハナ』

『阿蘇のヒフ』

『見せてくれた阿蘇のカオ』
大観峰、阿蘇山で大自然の息吹を感じさせてもらった後は、大分県からフェリーで山口県へ。
その後は高速で広島で走り帰郷。
2011年の九州への旅は幕を閉じました。
今回の旅で一番感じたことは九州はまだまだ大自然や深い歴史があって本当に面白いと言う事でした。
また行きたいです。
旅は良いですね。
新しい何かを感じさせてくれるし、気がつかせてくれる。
これからも時間を作り、ゆっくり地球で遊ぶ旅を続けたいと思います。
いつも中々更新していない僕のBLOGを見て下さっているみなさん、
本当にありがとうございます。
ここまで、書き上げるのに年も変わり長い期間がかかってしまい、
いつもBLOGを見てくれているみなさんには飽きが来ていたことと思います。
申し訳ないです。
それでも、最後まで読んで頂き、本当に感謝しております。
今後も旅へ行く機会があれば旅の話、
通常はカメラワークの事や、良い作品が撮れればアップしていこうと思っていますので、
お時間があれば時々BLOGをチェックして頂けると幸いです。
2012年もまだまだ始まったばかり。
何が起こるのかワクワクしながら毎日を精一杯過ごして行きます。
こんな僕ですが、これからも宜しくお願いしますね。
2012年1月17日 聖巴
All Photographs by Seiha Yamaguchi / iDS Photo
指宿市から北へ1時間半くらい車で走り僕たちは知覧へいました。
知覧では昔から静かなたたずまいを見せる「知覧武家屋敷群」を見た後、
「知覧特攻平和会館」へ向かいます。
この知覧特攻平和会館は、大東亜戦争末期(戦後は太平洋戦争ともいう)の沖縄戦で、人類史上類のない爆装した
飛行機もろとも敵船に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集、保存、展示して
当時の真情を後世に正しく世界恒久の平和に寄与するものです。
そこは、広島の原爆とはまた違う戦争の傷跡が残っていて、沖縄戦で戦死された1036人の命の犠牲の上で
戦争のむなしさ、平和の大切さ、命の尊さを訴えていました。
人は生まれた瞬間から死に向かって人生を歩いている。。
確かにそうだと思う、人はやがてやって来た側へ戻る日が来る。
だけど、ここを初めて訪れた僕には命に対する冒涜を強く感じてしょうがなかった。
中でもひどく感傷されたのは、1945年6月に特攻した隊員もいたこと。
終戦する2ヶ月前です。
もっと早くに日本が克服していれば、、
失われずに済んだ命もあったはずだと思うと平和な世に生まれ育つ僕でも胸が痛みました。
若い人だと17歳で死を覚悟で戦地へ飛ぶ隊員。
隊員達が特攻前日に過ごす三角兵舎なども隣設されていて、そこで書く遺書にはこんなものがありました。
その中のひとつをこの場で伝えさせてもらいたいと思います。
大橋春男(少尉 昭和20年4月1日出撃戦死 岐阜県 26歳)
母上様
お達者でお暮らしの御事と存じ上げます。
二十八年間は夢のようでした。この二十八年間の母上様の御苦心、御辛抱、肝に銘じて居
ります。されば今日の日を勇んで征きます。
綾子の事に付いては、父上様と共に大変お世話になり、今日まで無事人並に立って来まし
た。これも皆父上様、母上様の御力の賜と深く厚く御礼申し上げます。
綾子の事に関しては母上様今後とも一層御面倒を見てやって下さい。あれも正式なる式も
挙げ得ず、常に二人で一度でよいから帰郷したいと申して居りましたが、
それは出来ませんでした。
それ故隣り近所の方々とは未だ親しくいたして居らず、突然一人ボッチでは随分苦労する
と思います。
女は女と、綾子の事は、母上様くれぐれもお頼み申し上げ、最後に母上様の御健康をお祈
りいたして失礼いたします。
母上様 治男
たくさんの遺書があり全部は読み切れませんでしたが、
僕の心にたくさんの大切なことを刻んでくれた場所でした。
自分が死ぬとわかっている時、恐さ、後悔、もっと生きたいという願望。
色んな感情が沸き起こると想像できますが、多くの人が書き残した言葉や想いは、
相手への愛だったように思えます。
死を前にしてここまで相手のことを愛する手紙をかけた隊員の方々、数十年前の日本男児に敬意を払うと共に、
僕は尊敬します。
現代の日本が終戦と共に亡くしてしまったものがここにあるのでないか。。。
そう感じています。
広島生まれの人間として行っておきたかった場所、知覧。
行くことでそこを体験することにより自分に出来ることは多くはないけど、今回の人生でもらった命。
自分にやれることをやり、一生懸命生きようと心に思った時間でした。
写真では、僕が撮ったものと一緒にウェブにあった写真も引用してアップしたいと思います。

『特攻の母、鳥濱トメさんの像「やすらかに」の見る先』
特攻像「とこしえに」
Photo by Seiha Yamaguchi

『知覧特攻平和会館内』webより引用

『若き日の特攻隊員』webより引用
その後は、車を走らせ鹿児島市内をブラブラとして桜島などを眺めて、晩ご飯後、熊本に車を走らせます。
そう、天気が悪くて日程を変更した阿蘇山、大観峰へ翌日に再挑戦です。
熊本で宿泊し翌朝、起きるとなんと天気は晴れ。
太陽も味方してくれたので意気揚々とまずは大観峰へ。
車を走らすとそこには、素晴らしい景観が待っていました。
まさに、大地、地球を感じれる場所。。
自分の小さな悩みなんて吹っ飛ばすくらいの大自然。
そこで飛行機ラジコンで遊ぶファンキーな人。
オススメな場所です。
昼もいいですが、夜の星空もかなり良いはず。
黒川温泉も近いのでいつかまた星空も撮影したいものです。
大観峰の写真はこちら↓

『キョウゾン』

『トベル』

『ソラへ続く道』

『ゼイタクな場所と時間』
大観峰の後は阿蘇山へ。
なかなか、雲がどいてくれなかった阿蘇山。
最後は味方してくれていい天気阿蘇山を見せてくれました。
火山は赤くはありませんでしたが、グツグツとしていて地球の呼吸のように見えて、素晴らしい場所でした。
噴火したらと思うと恐いものがありますが。。

『阿蘇のハナ』

『阿蘇のヒフ』

『見せてくれた阿蘇のカオ』
大観峰、阿蘇山で大自然の息吹を感じさせてもらった後は、大分県からフェリーで山口県へ。
その後は高速で広島で走り帰郷。
2011年の九州への旅は幕を閉じました。
今回の旅で一番感じたことは九州はまだまだ大自然や深い歴史があって本当に面白いと言う事でした。
また行きたいです。
旅は良いですね。
新しい何かを感じさせてくれるし、気がつかせてくれる。
これからも時間を作り、ゆっくり地球で遊ぶ旅を続けたいと思います。
いつも中々更新していない僕のBLOGを見て下さっているみなさん、
本当にありがとうございます。
ここまで、書き上げるのに年も変わり長い期間がかかってしまい、
いつもBLOGを見てくれているみなさんには飽きが来ていたことと思います。
申し訳ないです。
それでも、最後まで読んで頂き、本当に感謝しております。
今後も旅へ行く機会があれば旅の話、
通常はカメラワークの事や、良い作品が撮れればアップしていこうと思っていますので、
お時間があれば時々BLOGをチェックして頂けると幸いです。
2012年もまだまだ始まったばかり。
何が起こるのかワクワクしながら毎日を精一杯過ごして行きます。
こんな僕ですが、これからも宜しくお願いしますね。
2012年1月17日 聖巴
All Photographs by Seiha Yamaguchi / iDS Photo
Seihaです。
新年明けましておめでとうございます^。^
なかなか、更新できていない僕のBlogですが今年もお時間があればどうぞ
チェックして見て下さいね!!
今年は昨年より写真を多くアップしていく事が目標です☆
2012年のスローガンは
目的 × 具体性 = 豊かな人生
です。
ちなみに去年は
理論 × 感性 = 飛躍
というものでした。
なんて、これだけみても分けわからないですよね??
写真的には
『シンプルな写真、けれどもよりストーリー性を』
が今年のキャッチフレーズ!!
一目見て、何が伝えたいのかわかる写真、伝わりやすいのに前後の時間の想像してもらえるような一枚!!
そんな写真を撮れるよう今年も日々精進して行きます!!
みなさん、今年もどうぞ
iDS Photo 山口聖巴を宜しくお願いしますーー^。^
2012年がみなさんにとって実り多い幸せな1年になることを願っております。
まずは去年の夏の旅のBlogを完結させないと。。
次回からまた少し続けます!!
2012.1.5
Seiha

Photograph by Seiha Yamaguchi
from Hawaii
新年明けましておめでとうございます^。^
なかなか、更新できていない僕のBlogですが今年もお時間があればどうぞ
チェックして見て下さいね!!
今年は昨年より写真を多くアップしていく事が目標です☆
2012年のスローガンは
目的 × 具体性 = 豊かな人生
です。
ちなみに去年は
理論 × 感性 = 飛躍
というものでした。
なんて、これだけみても分けわからないですよね??
写真的には
『シンプルな写真、けれどもよりストーリー性を』
が今年のキャッチフレーズ!!
一目見て、何が伝えたいのかわかる写真、伝わりやすいのに前後の時間の想像してもらえるような一枚!!
そんな写真を撮れるよう今年も日々精進して行きます!!
みなさん、今年もどうぞ
iDS Photo 山口聖巴を宜しくお願いしますーー^。^
2012年がみなさんにとって実り多い幸せな1年になることを願っております。
まずは去年の夏の旅のBlogを完結させないと。。
次回からまた少し続けます!!
2012.1.5
Seiha

Photograph by Seiha Yamaguchi
from Hawaii
3日目、18時30分太陽がオレンジ色の輝きを放つ少しの時間が1日には必ず存在する。
例えそこが雨の日だとしても僕らには見えないだけで分厚い雲の上では燦々と照る太陽は僕たちを照らしていてくれてるはずだ。
僕はカメラを持ち始めた時から1日の中でそんな時間が大好きで、
ハワイいる頃もよく夕日を撮りに出掛けてました。
この日は残念ながら水平線に落ちる姿は見せてもらえなかったものの、広大な海へ沈んでいく太陽は僕にしっかりと黄昏の時間と自然と比べ自分とはいかに小さなものかと感じさせてくれる充分な時間を過ごす事ができた。
今回の九州の旅で3日目にしてやっと見ることができた太陽だった。
その時の写真はこちら↓

『たくさんの中の1度』

『何を観るかではなく、誰と観るのかが大事』

『どんな時でも光射す方へ』

『穏やかな心を持てる時間』
僕は夕日の時の時間も大好きだけど、上の最後の写真のような太陽が次の街を照らしに行く時に足跡のように残すマジックアワーもの光も大好きだ。
光がだんだんとなくなる様を見つめているのは穏やかなさ、なんとも切ないような様々な感情が沸き起こるのを感じる事ができる事が一番大きな好きな理由かもしれない。
午後7時半、、
光がなくなった野間半島を車が滑る。。
街頭もないよう道を走しると時々野ウサギやイノシシが慌てて道路を横断してるのを見かけました。
広島でも野生の鹿や猿などを見かけたことあるけど、野ウサギは初めての経験。。
たまに車を停めてはヘッドライトを消して空を見上げて満天の星を眺めながらそこにしかない景色を体験できていることを嬉しく思えたことが今でも心に残り、忘れられない星空となっています。
調べていた移動時間より少しオーバーしながら向かった先は枕崎市のいせえび荘という旅館。。
ここは宿泊のみの目的で夜は遅い到着予定だったため、いえせび荘なのにいせえびを食べる予定に
しなかったことが残念ではありましたが、古い宿で風情があり良い場所でした。
到着して温泉に行くと蟹が何匹も水はけのためのパイプから浴槽まで入ってきていて湯が湧き出てる場所でリラックスしていた事を除いては、、、ビックリしましたね。
次の日、いえせび荘をあとにした僕達が向かった先は開聞岳。
ここは戦時中に神風特攻隊が沖縄沖に向かう際にここを回って飛び立っていったともされる場所。
鹿児島に行くならぜひとも立ち寄りたいところでした。
天気は前の日は夕日が撮れた日だけあって旅館から屋久島が見えるほどの景観だったのに、
この日はドンヨリ曇り空。。それでも雨が降っていないだけラッキー。
車を滑らせ、開聞岳のふもとの長崎鼻という名所に到着すると待ち受けていたのは竜宮神社。
あの有名な童話、、浦島太郎に発祥地だとのこと。。実際にある神社をみると信憑性がありますね。
ここから観る開聞岳もとても雄大にたたずんでいました。
写真はこちら↓

『薩摩富士』
開聞岳は江戸時代、日本中の海岸線を歩いて日本地図を作った「伊能忠敬」が「けだし天下の絶景なり」と賞賛した景色でもあるそうです。
長崎鼻から次へ進んだのは玉手箱が貯蔵してあるという枚聞神社。
ここらの神社は開聞岳の山自体を神体として奉っているため鳥居を入り口に神社へ入ると直線上に開聞岳が
あるというように建築されていて昔の人の考えにただただ感心を覚えるばかりでした。
この写真の感じです。

僕達はなぜか入り口からではなく裏口の方へ自然と行ってしまいそこから入ってしまったのですが、
そこへいたのがこいつで↓

『化身』
2人で近づいても全然逃げもしないのんびり猫でした。
今、思うとここの神様の化身だったのかもなってちょっと思ってしまいます。
裏口から失礼しました。。(笑)
そんなこんなの指宿市の旅午前中。
午後からは北へ車を滑らせ、知覧へ向かいました。
聖巴
例えそこが雨の日だとしても僕らには見えないだけで分厚い雲の上では燦々と照る太陽は僕たちを照らしていてくれてるはずだ。
僕はカメラを持ち始めた時から1日の中でそんな時間が大好きで、
ハワイいる頃もよく夕日を撮りに出掛けてました。
この日は残念ながら水平線に落ちる姿は見せてもらえなかったものの、広大な海へ沈んでいく太陽は僕にしっかりと黄昏の時間と自然と比べ自分とはいかに小さなものかと感じさせてくれる充分な時間を過ごす事ができた。
今回の九州の旅で3日目にしてやっと見ることができた太陽だった。
その時の写真はこちら↓

『たくさんの中の1度』

『何を観るかではなく、誰と観るのかが大事』

『どんな時でも光射す方へ』

『穏やかな心を持てる時間』
僕は夕日の時の時間も大好きだけど、上の最後の写真のような太陽が次の街を照らしに行く時に足跡のように残すマジックアワーもの光も大好きだ。
光がだんだんとなくなる様を見つめているのは穏やかなさ、なんとも切ないような様々な感情が沸き起こるのを感じる事ができる事が一番大きな好きな理由かもしれない。
午後7時半、、
光がなくなった野間半島を車が滑る。。
街頭もないよう道を走しると時々野ウサギやイノシシが慌てて道路を横断してるのを見かけました。
広島でも野生の鹿や猿などを見かけたことあるけど、野ウサギは初めての経験。。
たまに車を停めてはヘッドライトを消して空を見上げて満天の星を眺めながらそこにしかない景色を体験できていることを嬉しく思えたことが今でも心に残り、忘れられない星空となっています。
調べていた移動時間より少しオーバーしながら向かった先は枕崎市のいせえび荘という旅館。。
ここは宿泊のみの目的で夜は遅い到着予定だったため、いえせび荘なのにいせえびを食べる予定に
しなかったことが残念ではありましたが、古い宿で風情があり良い場所でした。
到着して温泉に行くと蟹が何匹も水はけのためのパイプから浴槽まで入ってきていて湯が湧き出てる場所でリラックスしていた事を除いては、、、ビックリしましたね。
次の日、いえせび荘をあとにした僕達が向かった先は開聞岳。
ここは戦時中に神風特攻隊が沖縄沖に向かう際にここを回って飛び立っていったともされる場所。
鹿児島に行くならぜひとも立ち寄りたいところでした。
天気は前の日は夕日が撮れた日だけあって旅館から屋久島が見えるほどの景観だったのに、
この日はドンヨリ曇り空。。それでも雨が降っていないだけラッキー。
車を滑らせ、開聞岳のふもとの長崎鼻という名所に到着すると待ち受けていたのは竜宮神社。
あの有名な童話、、浦島太郎に発祥地だとのこと。。実際にある神社をみると信憑性がありますね。
ここから観る開聞岳もとても雄大にたたずんでいました。
写真はこちら↓

『薩摩富士』
開聞岳は江戸時代、日本中の海岸線を歩いて日本地図を作った「伊能忠敬」が「けだし天下の絶景なり」と賞賛した景色でもあるそうです。
長崎鼻から次へ進んだのは玉手箱が貯蔵してあるという枚聞神社。
ここらの神社は開聞岳の山自体を神体として奉っているため鳥居を入り口に神社へ入ると直線上に開聞岳が
あるというように建築されていて昔の人の考えにただただ感心を覚えるばかりでした。
この写真の感じです。

僕達はなぜか入り口からではなく裏口の方へ自然と行ってしまいそこから入ってしまったのですが、
そこへいたのがこいつで↓

『化身』
2人で近づいても全然逃げもしないのんびり猫でした。
今、思うとここの神様の化身だったのかもなってちょっと思ってしまいます。
裏口から失礼しました。。(笑)
そんなこんなの指宿市の旅午前中。
午後からは北へ車を滑らせ、知覧へ向かいました。
聖巴
3日目、起きてすぐに天気予報をチェックすると天気はなんとか晴れマーク^。^
ホッとした僕らは眠い目をこすりながらせっかくだからと樹やしきの大浴場で体を起こした後、
熊本を後に次の目的地の南薩摩へと車を走らせました。
阿蘇市から熊本市まで戻り高速で南へ。
流れる景色を横目にだんだんと周りの山々が日本とはかけ離れたジャングルのようになっていくのが記憶に強く、
日本に居て久しぶりに九州は同じ日本でも自然の大きさ違うなぁ〜と心が動きました。
天気も予報通りの晴れ。。
いい気分で桜島インターなどを過ぎてさらに南下、南薩摩の西海岸のビーチのひとつ吹上浜ビーチを目指し到着。
WEB検索の時の写真から青い海とサラサラのビーチを連想していた僕の目の前にあった光景は、、
残念ながらお世辞にも綺麗だと言えないビーチ、、、
うそでしょ、、、、っと少しガックリな気持ちの時、
そこへ海で遊ぶ子供とその家族が、、
おっ、絵になるかもっと思いレンズを向けた一枚がこちら↓

『冒険』
今回の南薩摩でわざわざ西の沿岸部を走っているのにはわけがあって鹿児島で夕日が撮りたい気持ちからでした。
夕日を撮る場所は決めてあり鹿児島は最南西付近の野間半島。。
僕はなぜか一番南とか北とかそういった極地的なにおいのする場所が好きで今回こっちの方へ来るならぜひ
そこで夕日を撮りたいって思っていて日が沈むずいぶん前から西へ移動していました。
しかし、さすがに西へ来たのが早すぎて日没まではまだまだ。。
写真バカ気合いが入り過ぎです。(笑)
時間を持て余した僕らの次に行き着いた場所は吹上海浜公園、、上のビーチから車で20分くらい南に
進むと現れる公園へ到着。。
何やら大きな施設公園のようになってる模様で僕ら2人は興味半分で中へ突入。。
2人乗りチャリがあったら乗ろうって話をしながらチャリレンタルショップにいくと。。。
なんと見事に発見。。
ノリノリのテンションを公園内をひた走り着いたのがこちら↓

『サンセットブリッジ』
そこからの景色がこちら↓

『ただ、ただ広く』
公園内はめちゃめちゃ広大な敷地でチャリで遊んでたらボチボチ良い時間になり名残惜しいけど、
そろそろ出発しようとチャリを返却してたら
レンタル所のマダムが
『お兄ちゃん達、、野間半島で夕日を撮るならすぐに出てるといいよ、今の時間の東シナ海は
海の変わり目の色が凄く綺麗だから。。』
天気は晴れ。
そんな事を聞かされたら気分はますます上々。
途中沿岸を走りながら眼下に伸びる水平線への光景は僕の心を充分に熱くさせてくれるものだった。
壮大な景色を前にするといつも思う事があります。
自分とはなんと小さなことか、、、小さな悩みは自然と共に消え、生かされていることを再認識させられる。
自分なりにそんな景色の前に立てることを幸せに思いました。
その時の写真がこちら↓

『静かにいつもそこに』
写真の場所から少し進んだところを夕日撮影地点に決めた僕はそこへ腰を下ろしてゆっくり流れる黄昏の時間と
変わっていく海の色、1日の終わりを告げる山からさえずりや気持ちよさそうに風に身を任せるトンボの姿を
楽しみました。
楽しんでいるとさらに1日が終わることを告げてくれる風景と出会えました↓

『帰宅』
黄昏れる時間の中、、
いよいよその時が来ました。
聖巴
ホッとした僕らは眠い目をこすりながらせっかくだからと樹やしきの大浴場で体を起こした後、
熊本を後に次の目的地の南薩摩へと車を走らせました。
阿蘇市から熊本市まで戻り高速で南へ。
流れる景色を横目にだんだんと周りの山々が日本とはかけ離れたジャングルのようになっていくのが記憶に強く、
日本に居て久しぶりに九州は同じ日本でも自然の大きさ違うなぁ〜と心が動きました。
天気も予報通りの晴れ。。
いい気分で桜島インターなどを過ぎてさらに南下、南薩摩の西海岸のビーチのひとつ吹上浜ビーチを目指し到着。
WEB検索の時の写真から青い海とサラサラのビーチを連想していた僕の目の前にあった光景は、、
残念ながらお世辞にも綺麗だと言えないビーチ、、、
うそでしょ、、、、っと少しガックリな気持ちの時、
そこへ海で遊ぶ子供とその家族が、、
おっ、絵になるかもっと思いレンズを向けた一枚がこちら↓

『冒険』
今回の南薩摩でわざわざ西の沿岸部を走っているのにはわけがあって鹿児島で夕日が撮りたい気持ちからでした。
夕日を撮る場所は決めてあり鹿児島は最南西付近の野間半島。。
僕はなぜか一番南とか北とかそういった極地的なにおいのする場所が好きで今回こっちの方へ来るならぜひ
そこで夕日を撮りたいって思っていて日が沈むずいぶん前から西へ移動していました。
しかし、さすがに西へ来たのが早すぎて日没まではまだまだ。。
写真バカ気合いが入り過ぎです。(笑)
時間を持て余した僕らの次に行き着いた場所は吹上海浜公園、、上のビーチから車で20分くらい南に
進むと現れる公園へ到着。。
何やら大きな施設公園のようになってる模様で僕ら2人は興味半分で中へ突入。。
2人乗りチャリがあったら乗ろうって話をしながらチャリレンタルショップにいくと。。。
なんと見事に発見。。
ノリノリのテンションを公園内をひた走り着いたのがこちら↓

『サンセットブリッジ』
そこからの景色がこちら↓

『ただ、ただ広く』
公園内はめちゃめちゃ広大な敷地でチャリで遊んでたらボチボチ良い時間になり名残惜しいけど、
そろそろ出発しようとチャリを返却してたら
レンタル所のマダムが
『お兄ちゃん達、、野間半島で夕日を撮るならすぐに出てるといいよ、今の時間の東シナ海は
海の変わり目の色が凄く綺麗だから。。』
天気は晴れ。
そんな事を聞かされたら気分はますます上々。
途中沿岸を走りながら眼下に伸びる水平線への光景は僕の心を充分に熱くさせてくれるものだった。
壮大な景色を前にするといつも思う事があります。
自分とはなんと小さなことか、、、小さな悩みは自然と共に消え、生かされていることを再認識させられる。
自分なりにそんな景色の前に立てることを幸せに思いました。
その時の写真がこちら↓

『静かにいつもそこに』
写真の場所から少し進んだところを夕日撮影地点に決めた僕はそこへ腰を下ろしてゆっくり流れる黄昏の時間と
変わっていく海の色、1日の終わりを告げる山からさえずりや気持ちよさそうに風に身を任せるトンボの姿を
楽しみました。
楽しんでいるとさらに1日が終わることを告げてくれる風景と出会えました↓

『帰宅』
黄昏れる時間の中、、
いよいよその時が来ました。
聖巴



